自然淘汰の先
大企業の春闘が一段落し、これから中小企業の交渉が本格化します。
ただ現実には、すべての会社が賃上げできるわけではありません。
それでは、賃上げできない会社はどうなるのか。
生産性の低い会社が世の中から退出して、人や資本がより良い会社に移る。
その結果、日本全体の賃金が上がるのであれば、それは良いことなのかもしれません。
日本はすでに人手不足の状態です。
会社の数が減ること自体は大きな問題ではありません。
むしろ、無理をしている中小企業に頼り続ける方が問題ではないか、そういう考え方も理解できます。
ただ、一つ見落としがちなことがあります。
世の中には、やり直しがきくものと、そうでないものがある。
一般的な商品やサービスであれば、提供する会社が一つ消えたとしても、別の会社が提供できるでしょう。
しかし、長い年月で培われた技術や、特定の人にしかできない仕事は、一度途切れてしまうと簡単には戻りません。
気づいたときには、どうしても必要なのに、もうできる会社がない、ということになります。
では、どのような技術や人を残すべきか。
そして、それを決めるのは誰か。
現実は、多種多様な関係者の合理的な判断が積み重なった結果、残るものと失われるものが決まっていきます。
淘汰そのものを否定することはできません。
ただ、その先に何が残るのか。
ときには、そのことに思いを巡らせる必要があるのかもしれません。